2024年6月~2025年あたりにXで書き散らしていたワンライの散文をまとめました。
お題「日除け」
「心配すんなヨ…そんなもん着てなくても、私たちは知ってるアル。お前は、お前たちは真選組だって。」
肌を突き刺すような寒さの夜だった。
うっすら明けた視界に白い息がくゆる。
自分は眠っていたらしい。標的が動き出す前の観察中の身である事を思い出す。物陰に隠れ、壁に身体を預けていたらうっかり船を漕いでしまった。
僅かばかりの休息の時間。
先程まで見てしまった夢に思わず舌打つ。
額に手をあて、亜麻色の前髪をかき分けて男がひとりごちる。
「…なんで今、あのアマの言葉、思い出すんでぃ」
**********
江戸での戦いが終わり、新時代が樹立するとなった時、もう役割は無いと言われた。その代わりに提示されたのが「大日本国国土安全保障局環境調整科執行部」である。
組織の名前の響はいかにも環境に良さそうであるが、やってることは新政府に邪魔な要人の暗殺。
大変に環境には悪い。
それでも、元真選組1番隊隊長、沖田総悟は迷わずこの汚れ役を買ってでた。
自分にとっては、仕事の役割を与えられることは救済だ。それが例え人には言えない、決して明るい場所で語れる事が出来ないことであっても。自分が選びとったささやかな救いは、歴史の中で語られることも無く、むしろ稀代の大悪党が居たという逸話で後世に残るのだろう。
いや、逸話としても残らないかもしれない。
こんな人斬りがやれるこたぁ、ひとつしかねぇからな…
人のいいゴリラでも、年中ヤニ吸ったマヨラーにも被せられない役回りが、自分にはしっくりくることに今更文句も異論も無いが、隊服とは違う黒服に身を包んでもなお、自分を突き動かす矜恃のひとつに、あのムカつく女の言葉があることに驚きが隠せない。
先程まで見ていた夢の中でかつて言われた言葉を反芻する。
真選組(警察)なんてとうの昔に無くなったのに。
それでも自分の行いは、全ては国を護るためと思えるのは、どんな格好になろうと「お前たちはそうだ」と言った女の言葉があったからではないか。
あの時叩かれた肩の感触を思い起こしながら、そろそろ奴さんが動く頃かと刀を握りしめる。
自分の行いは決して正義ではないだろう。
今自分の行いをここに居ないあのアマに包み隠さず話したとして、「よくやった」なんて言われるわけもない。分かっちゃいるが、それでも刀を握る度に、もしもう一度逢えたら、腑抜けた剣ではしめしがつかない。
自分はどこまでも真っ暗闇の場所を歩いている自覚はある。それでも。
もう一度逢えたら。
あの能天気なら、何食わぬ顔で「何しみったれた顔してるネ。キモっ!」と言って思いっきりまた叩かれるのだろう。
それがとてつもなく、救いになるのだ。
ただ、今は。
どこまでも日陰者で生きると決めた男には
あの光は強すぎる。
「日除けがいらぁ」
誰に聞かれることもない、男が吐いた呻きは、夜明け前の真っ暗闇の中に白い息とともに消えていった。
了
【編集後記】
初めて書いた沖神小説です。
この話を膨らませたのが1冊目のオフ本、「張れよ、ラグセイル」でした。
お題「手持ち花火」
- 時系列は最終回後書いてるので2016かもっと上くらい。
- 沖→→→←(←)神 くらいの沖神
- なんだかんだ沖田アプローチ済。
- 神楽ちゃんが自覚するかしないかの話です。
黄、赤、オレンジ、緑、青…
パチパチと爆ぜながら色とりどりの手持ち花火の火花が散る。
暗闇を照らす、ぼんぼりみたいに可愛い光を眺めながら、一瞬で終わってしまう光の命。
刹那的な、でも永遠を感じる光をぼんやり見つめて、
———この男みたいアルナ
そう、思った。
******************
不正な爆薬を作っていると噂された花火師のいる組織に捜査が入った。調査の結果、組織はクロ。当然真選組による討入と差し押さえがあったのが先週のこと。打上げ花火と手持ち花火が共に大量に押収された。
打上げ花火は歌舞伎町の花火大会にそのまま横流しされたが、
手持ち花火は好きに処分しろとのお達しで、
ならば近隣の知り合いを呼んで屯所で花火大会と洒落こもうと、真選組局長近藤勲から号令が出たのが3日前。
それなりにもてなしも出るということで、二つ返事で万事屋一行も参加となった。
「んだよ、酒に花火とくりゃぁ、隣にゃ宵の華ってなもんだろ。いい歳こいて何が悲しくてオッサン同士で花火せにゃならんのかね。」
「まぁ、いいじゃないですか銀さん。手持ち花火。子供の頃に戻ったみたいで風情があっていいと思いますよ。」
「新八ぃ、もっと花火持ってくるネ。今アリの巣の入口見つけたから今から火あぶりヨ」
「やだわ、神楽ちゃん。そんな小学生男子みたいな事してないでこっちで線香花火しましょ?」
「お妙さん?なんか花火の束がこっち向いてんだけど。これ俺の方が先にスパーキングしません?」
「なんだ、もう始まっちゃってます?せっかくスイカ切ってきたのに」
「ひゅっほう!スイカ!食べるアル!サンキュージミー!」
山崎がスイカを盛った盆を持ってきたので、神楽は縁側に駆け寄った。そのまま1番真ん中のスイカを掴むと豪快にかぶりつく。
「あー、あー、そんな食い方してっとせっかくの白がダメになるぞ。」
ドキリとした。
顔を上げると、白い手ぬぐいを持った亜麻色の髪の男が縁側に立っている。
「スイカの汁がついちまったら取れねぇぞ。一張羅だろうが。」
これ使いなせぇと、手ぬぐいを渡された。
「……サンキュ」
ぶっきらぼうに答えて沖田総悟から手ぬぐいを受け取る。
いつもの赤い色ではない、白い生地に青と金の刺繍が施されたチャイナ服を守るようにもらったそれをかける。
「別に…一張羅じゃナイネ。普段着ヨ。」
「へぇ…チャイナにしちゃ上等なモン持ってんじゃねーかと思ってたが…」
沖田は神楽の方を上から下までまじまじと見るとぽつりとつぶやいた。
「いいんじゃね。お前、淡い色も似合うのな。」
シャクリ…
スイカを食べていた手が止まり、庭で花火に興じる一行へ注いでいた目線を上げれず、固まる。
(コイツ…なんのつもりネ)
この男は最近、こんな風に自分のことを褒めることが多くなった。
昔はクソガキクソガキと言われていたのにいつの間にか言われなくなって、代わりに茶屋や飯屋へ誘われることもたまにある。それが何を意味するのか、分からないほど神楽は子供ではなかったが、決定的な言葉をかけられていないため適当にあしらってきた。
神楽は元来、相手が真剣に言葉をかけてきたら丸ごと受取ってしまう性格である。
向こうが本気であると納得すれば、ほぼ初対面である巨人からの求愛さえも一旦は受けてしまうほどの懐の持ち主だ。
ただそれは、はっきり言ってくれた時に限る。
地球を離れる前とは違う態度。言葉。雰囲気。
(…お前、絶対私のこと好きダロ)
かつて本人に面と向かって言えた言葉が、なぜか今は言えない。
だって、柄じゃない。全然柄ではない。
いけ好かない、相変わらず嫌な男だと思っていたのに。
向こうがあからさまな態度を向けるようになってきた途端、逃げ腰になってしまうとは何事だ。
(というか、はっきり言わない女々しい男にかける情けなんてないネ。)
そう勝手に解釈した神楽は、ひたすら黙ってスイカを食べ続けた。
「やんねーの?」
いつの間にか沖田は縁側から庭に降りて、手持ち花火を始めていた。
「やるに決まってんダロ。ありったけの花火、歌舞伎町の女王に寄越すネ!」
「へいへい。女王様にはコイツどうだい?なかなか綺麗な華咲かすぜぃ」
シュッボボッ
火薬の匂いがふわりと漂い、色とりどりの花火は宵を照らす。
「ふぉぉぉぉ、これめっさ綺麗!」
「だろぃ。もう少ししたら色が変わるんだぜ」
「あ!赤色になったアル!」
「いい色だな」
(なんか…近くネ?)
花火をしようと縁側を降りた時には、警戒して沖田と対極の位置に腰を下ろしたはずだったが、いつの間にか隣にいる。近すぎると文句を言おうと振り向くと、
「行くぞ!ネズミ花火100連発!」
「ダァぁぁぁぁぁぁぁ!小火だけはやめてぇぇぇぇ!」
相変わらずの馬鹿騒ぎが割って入った。
「おーおー。盛り上がってるねぃ」
向こうで近藤が悲痛な叫びをあげているのを遠目に見やり、ふっと笑う男の横顔を見上げる。
少し青年の色が濃くなったその横顔は
赤や黄、オレンジ、緑、青の色に照らされていつになく優しそうに見えた。
(嬉しそうアル)
そういえば、真選組再結成の知らせを聞いた時、1番喜んだのがこの男だと聞いた事を思い出した。
自分が地球に戻る時、最初に会ったのがこの男であったが、その時羽織っていたのは隊服ではなかった。
全身黒づくめの服に身を包み、新政府の影をやっていることを隠さず話してきた男。
(損な役割を引き受けるだなんて、物好きなやつアル)
そう思っていたから、戻ってきた時には素直に嬉しかった。
その上、結局万事屋のために剣を振るってくれていた事実もあり、神楽はなんだかんだ一目置いているのだ。
今、ここでみんなで花火ができることが、奇跡に近いことも知っている。
だから。
ボシュッ
と、手持ち花火の最後の光が消えた。
一瞬で終わる光。
———この男みたいアルナ
火がつけば辺り一面照らす灯りを振り撒き、それはそれは派手であるのに、一瞬で消える。
常に前線で刀を振り、切り込んでいく姿に重なった。
今。
手を伸ばさねば、消えてしまうのではないか。
そんなこと。
なぜか不安に駆られ、男の袖をとってしまった。
少し驚いたような顔をした沖田の紅と自分の青の瞳が重なる。
「どうした」
昔より一段と低くなった声で言われて心臓が兎のように跳ねる。
あれ?これやばい気がする…
掴んだ袖を離せもせず、かといって何を言うわけでもなく、きっ!と目の前の男を睨んでしまった。
これがいけなかった。
袖を掴んだ方の腕を取られて、別の手が自分の頬に触る。
頬に触れた手はカサついていて所々節くれだっているのが分かった。
男の手だな、と思った。
「チャイナ…」
掠れた声で呼ばれてしまったら拒めなかった。
近づいてきた男の顔が傾けられ、そのまま唇に重なる。
くっつけられたそれを1度離すと、少し角度を変えてハムッと挟まれた。
確かめるようにされたその行為が、嬉しいだなんて、相当自分もアレなのだ。
きっとこれは花火の余韻のせい。
そう言い訳をして、神楽はこの夜、ダダ漏れだった沖田の好意を受け入れた。
****************
「1度許したからって調子のんじゃネーゾ。ちゃんと言ってくれないと次はないネ。」
「つれねーな…俺ぁ、前からてめぇのこと口説いてただろうが。」
「…!口説かれてなんてないモン!」
「照れんな。こっちも照れるじゃねぇか。」
「おい、人の話聞けヨ。いつあるか。いつ口説いて来てたって?言ってみ?大体、フラッと出てきてフラッとどっか行くくせに!ハッキリ言えないチワワが。」
「あぁ?神出鬼没はテメェだろぃ。ふらっと居なくなったと思ったら武器に紛れて戻ってきやがって。もちっと上手くやりやがれ。」
「あ…あれは…」
あの時の話をされると途端に神楽は形勢不利になる。
人の弱味につけ込んでくるとは、やはりこの男は生粋のドSだ。
(ナニコレヤダコレ、マジヤバイんだけどコレ マジヤバイよ どれくらいヤバイかっていうと マジヤバイ )
飄々とした顔で地獄を選ぶこの男は、今何を考えているのだろう。
自分の頭の中は今日見た色とりどりの花火のように爆ぜている。
それは、もう盛大に。
了
お題「サンタの衣装」
チキンにはクランベリーソースらしい。
本日の万事屋の依頼は、協会の牧師から頼まれてクリスマスランチの配膳係だった。
年に一度、歌舞伎町の隅っこにある小さな十字架が掲げられている教会で、無料のランチプレートが配られる。
大人も子供も、宿無しのマダオもみんな今日だけは協会に集まり、普段神なんて信じてもいないくせに何食わぬ顔でプレートを手に取り、ささやかなクリスマス気分を味わうのだ。
依頼主の牧師は終始ニコニコと集まった人を見やり、聖書を説いて回っていた。
「無料」と聞くとわらわらと集まってくるのが人の性。
大勢の人への配膳をこなし、大鍋にこびりついた焦げ付きと格闘し、後片付けまできっちり仕事をこなして3人が万事屋に戻ってきたときにはとっぷり夜も暮れ、日付をまたぎそうな時間帯だった。
銀ちゃんと新八と私の3人で、報酬と一緒に貰ってきたワンホールのクリスマスケーキをつつき、ようやく寝床に入って今日の出来事を思い出す。
忙しかったけど、楽しかった。
本日配られたランチプレートは無料のわりに豪華だった。
丸焼きにした丸鶏の肉と赤いソース、生クリームを使ったマッシュポテトとカラッと揚がったフライドポテト、ベーコンがたっぷり入っていたスープ、シュワシュワの葡萄のジュース。
赤いソースはクランベリーソースといって、海を越えた国ではメジャーなソースなんだって。
食べてみると思ったより甘ったるかったが、丸鶏によく合って美味だった。
1日の最後にちゃんとケーキまで食べれて、今年のクリスマスイブは上々だ。
今日は新八も帰らずに万事屋に泊っているから、明日の朝、私の枕元にはささやかなプレゼントが置かれているだろう。そうしたら、サンタが来たと喜んでやるのだ。
私は、今日一日、幸せだったのだ。
自分の身に降りかかっている幸福を噛み締めるように目を閉じる。
そういえば。
ふと。思い出した。
3時のおやつの時間を少し過ぎた頃のこと。
1台のパトカーが通り過ぎて行った。サイレンは鳴らしていなかった。
あぁ、あいつが乗ってるナ。
と思った。
夜兎の動体視力を甘く見てもらっては困る。
遠目に走り去る社内の中で亜麻色の髪と神妙な目つきをした沖田が乗っているのが見えた。ただ一点を見つめ、集中しているような、わずかな殺気を孕んだ目線。
アイツもこれから仕事カヨ。
こんな日に大変アルナー…
のんびりと、その時はそう、思った。
こんな日。今日はクリスマスイブ。
神に祈りを捧げ、感謝する日。
老若男女、チキンとケーキを食べ、仲間と馬鹿笑いして明日への希望を胸に眠る、そんな日。
「神はお許しくださいます。なにもかも。今日だけは罪を犯した人さえも、許される日なのです。」
牧師さん、そういえばそんなことも言ってたアルナ。
良かったナ。クソサド。
今日は許されるってヨ。何をしても。
そうだ。
今日だけは、許されたっていいはずだ。
たとえお前が今、全身別のクランベリーソースを浴びて、まるで物騒なサンタクロースの衣装のような姿になっていようと。
どうせ真っ黒な隊服に染み込んで、ブラックサンタにしかなり得ないアルナー…
と、どうでもいいことを思いながら、うつらうつらと、深い眠りに入っていく。
お前はどうか知らないけど、
私は今日、めいっぱい幸せだったヨ、ザマーミロ。
だから明日は自慢しに行ってやるのだ。
クランベリーソースなんて、洒落たものがかかったチキンなんて、お前喰ったこと無いダロって。可哀そうだから神楽様がささやかな祈りでも捧げてやろーカ?って。
お金無いからモノはあげれないけど。
しみったれたチワワ顔拝んで、今夜感じた何もかもを、吹き飛ばしてやろうと。
今日一日、最高に幸せだった少女は
戦場を駆ける一人の男に想いを馳せる。
そうして、とある日の歌舞伎町のクリスマスイブは、更けていくのだった。
了
【編集後記】
沖神のクリスマスネタは絶対に二人合わないネタにしがち。
会っていないのに、お互いの頭の片隅に浮かぶのはいつもアイツ
ってシチュが癖です。
お題「傘に隠れて」
燕が飛ぶ、麗らかな日である。
(そういや、もう少しで田植えの時期だなぁ。)
風が色素の薄い髪の間を通り抜けていく。少し汗ばんだ肌には心地いい。
目の前に広がる田んぼに張られた水が、キラキラと光を反射しているのを眺めながら、くぁ、とあくびを噛み殺して真選組1番隊隊長、沖田総悟は姿勢を正した。
本日はこの辺一帯では1番大きな大社で、城からそよ姫が訪れるというので護衛にと任命された。曰く、翌月に行う祭りごとの行事に着用される衣装の仮試着を行うらしい。
(やんごとなきお方はてーへんだな。)
他人事のように思いながら、姫の到着を出迎える。
黒塗りの乗用車が大社の裏口に着いた。
敬礼のポーズでそよ姫を迎えた男は、姫の後ろに着いてきたであろう、派手なチャイナ服を確認してげんなりした顔になる。
「なんでテメーも居るんだよ」
「そよちゃんに頼まれたアル。似合う色の式服選んでくれって。」
「式服ってそんな何着もあんの。ウエディングドレスの試着会じゃねーんだぞ。」
「知らんアル。とにかく、今日は私がお付きネ。苦しゅうない、どけヨ。」
国のトップVIPのお傍付きが素人の未成年娘ってこの国どうなってんだ。
頭とち狂ってんのか。
イラァッとしながら、そよ姫の方をチラッと伺うと、満面の笑みで振り返られた。
(何か、問題でも?)
無言の圧が怖い。
見なかったことにしろってか。
どいつもこいつもガキだね、めんどくせー。
まぁ、なんかあってもチャイナなら盾になり得るか。
ニッコリと爽やかな笑みを浮かべ、いえ?問題ありませんが?の返事をした男は、自身の仕事が一気にイージーモードになったことを悟り、きゃっきゃと騒がしい女子二人の後ろを追いかけた。
*******
「やっぱり、中はダメだって。式に出れる人しか入っちゃいけないって言われたネ。」
「ざまぁ。あたりめーだろ、格式ある催事だぞ。」
そよ姫が用事を済ませている建物の裏口辺り、ぽつんと取り残されたチャイナが居た。
いつもの紫の番傘をさし、ヤンキー座りでボーッとしてやがる。
仕事の緊張感が一気に駄々下がった。いーんだか、悪いんだか。
建物の入口、窓や換気扇は一通り点検したし、大社の出入口にも部下が居るから何かあっても対処出来るようにしておいた。
無線で警戒の号令をかけ、一息つく。
不思議なものを見るような目線を感じて、イヤイヤ向き直る。
「なんだよ。」
「お前、ちゃんと仕事してんだナ。」
「当たり前だわ。俺はやればできる子なの。おめーらみてぇに、年がら年中ニートしてる暇人と比べんな。」
「これもちゃんと仕事ヨ。そよちゃんから依頼料貰ってるモン。てか、でもお前普段こんな退屈な仕事してんのカヨ。」
「ちげーし。こーゆー護衛仕事は俺らの範疇じゃねぇ。けど今回は姫さんから直で指名が来たんだ。」
ふーん…と興味なさげに、チャイナが大社の奥の方を見やった。
あれ、なんか普通に答えちまったが、業務内容ベラベラ喋っちまったな。
チラと目線をチャイナの方にやると、何かを熱心に見つめている。
チャイナの目線の先を追うと、大社の境内内の舞台上で太鼓や笛を鳴らし、舞を踊っている一行があった。
(田植え時期だからなぁ…)
この時期特有の風景に、なんだか懐かしい気持ちになりながら、熟練者のものであろう、その舞をのんびり見つめた。平和である。
「あれ、何アルカ。」
そうか、コイツ見た事ないのか。天人だしな。
「神楽。」
ギョッとした顔で俺を見てるのが分かる。
「テメーの名前を呼んだんじゃねーよ。あれ何って聞いただろーが。神楽って言うんだよ。」
「あれが…あれがそうアルカ…」
何か、思うところがあるのだろう。
じっと、今日の雲一つない青空のような色をした目ん玉かっぴろげて凝視している。
ピーヒャラドンドン…と楽器の音が境内に響いている。
シャン…シャンと舞を踊る演者が持っている鈴が、鳴る。
静かに、その様子を二人で眺める奇特な状況に耐え兼ね、つい言ってしまった。
同じ言葉の響きだからだろうか。
「なんか、テメーみてぇだな。」
言葉が、勝手に口から出てきた。
「ああやって派手に騒いで、この場に居るヤツ全員楽しませて、その空気につられてやって来る神様に五穀豊穣や平穏を祈るんだよ。」
「騒がしくすんのが役目。テメーにピッタリだろ。」
******
ピッタリだろ。
そう言って、ニッと笑ってみせたサド。
この男がそんな風に言うなんて、驚いた。
驚いたと同時に、懐かしい記憶が蘇ってくる。
神楽。私のなまえ。
どうしてコレにしたのか、幼いころに聞いた、記憶。
——たくさん、いろんな人から愛されますように。
——そう、願って付けたんだよ。
マミーから優しく聞かされた、自分の名前の由来。
なんでこの3文字が、「いろんな人に愛されるように」となるのか、理解できなかった。
女の子に付ける名前にしては少々いかつい響きに、もう少しカワイイ響きにしてくれても良かったんじゃないか、と思っていた。
マミーの名前には華という文字がある。いいなぁと、憧れた。
まぁ、神って文字が入ってるのは気に入ってた。その程度の、3文字。
きっとマミーは、永く生きている間に、憧れた青い地球で行われる、この騒がしい祭事の話を聞いたのだろう。
もしかしたら、パピーが教えたのかもしれない。
舞台の上で一番に注目され、皆を癒し平穏を呼ぶ、万人から愛されるものになるように。
どうか、この子を中心にして幸せが広がりますように。
いま、サドの言葉を聞いて、自分へ込められた願いと祈りの意味を、知る。
(ちゃんと説明しといてヨ。ズルいなぁ…)
気がついたらボタボタと、大粒の雫が頬を伝っていた。
あーぁ。1番見られたくない男が横に居るのに。
めんどくさいから、出るままにしておくことにした。
(どうせ生理現象ネ。
うわ、アイツなんかぎょっとした顔してんナ。メンドクセ。もうほっとけヨ。)
涙で滲んで距離が測れない。
おまえ、何真剣な顔してんダヨ。
真顔のまま、スタスタとまっすぐこちらにやってくるサドを見上げようとしたら。
「わぷっ」
私の頭の後ろにあった番傘をガッと掴んでサドと私の顔を隔てるように前を遮られた。
人の傘掴んで何してくれてんだ、チンピラチワワ。
お前がどんな顔してるのか、これでは見えないではないか。
「ブスに磨きがかかってんじゃねーか。」
「泣いてねーアル。」
「嘘ぶっこいてんじゃねー。泣くな。」
「泣いてねーって言ってるアル。今日暑いだろ。汗アル。」
「じゃぁ、お前の目からぼたぼた落ちてるものはなんだってんだよ。」
「お前に教える義理はねーアル。」
「あっそ。」
興味を失った、投げやりな言葉をかけられたのに、サドの気配が目の前から消えない。
傘に隠れて、お前がどんな顔で立っているのかが分からない。
酷く、それが惜しい気もしたが、泣き顔を見られたくもないので傘の位置を動かせなかった。
サドは、私が泣き止むまで、静かにそのままにしてくれた。
*******
「泣かせたそうじゃないですか。」
城への帰り、そよ姫様が何故か俺についてこい、と言うものだから、無理やり車に押し込まれた。
万事屋でチャイナを下ろし、運転手と俺とそよ姫様の3人だけになって掛けられた、言葉。
どうやら今日の仕事は滅茶苦茶ハードモードだったらしい。イージーモードだと思ってたのに。
クソ。勘弁してくれ。
「泣かせてません。あのアマが勝手に泣きやした。」
「女の子には、優しくするものですよ。」
早く城に着いてくれ。
おい、信号、空気読めよ、クソが。
というか、あの場合、どーしろって言うんだ。アイツがなんでピーピー泣いちまったのかコッチが教えて欲しい。俺、そんな酷いこと言ったか?めちゃくちゃドSと普段のサボり癖を封印して珍しく真面目に仕事したのに、何、この仕打ち。
なんでもいい。そよ姫からのこの尋問から逃れられるならどんな傘でもいい。
どうか俺を匿ってくれ。
これからの逃れられない拷問に、男は今日一番の深い深いため息をついた。
了


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